製本の起源と歴史

それは、巻物からはじまった
製本の起源は、紙や印刷に比べて、歴史上これを正確に知ることは難しいのですが、中国から伝承した『巻子本』といわれるものが、日本で始めての書物といわれています。遠く奈良朝時代は、ほとんど巻子本様式のものであったとされています。
日本の古い書物が巻物という形で保存されている事はご存知かと思います。この『巻子本』は、途中の一節や一部分を見たいときにも、全巻を広げなければならず、不便なものであったことから、次にはこれを巻かないで折りたたむようにした『折り本』が使われるようになりました。
続いて、和綴じ本の出現となる訳です。
和綴じ本の起源は千年以上も遡り、平安時代の初め、空海が中国から招来した「三十帖策子」が、現存する最古のものです。これは、二つ折りした本文をたばねて糊付けし、最後に表紙を糊で接着したもので、中国では胡蝶本と呼ばれていますが、日本では、糸でかがらないことから粘葉装(でっちょうそう)と呼ばれました。これを発展させたのが大和綴じで、糊を用いず糸でかがって、表紙の二ヶ所をひもで結ぶ形式です。  その後、中国の宋から明の時代にかけて用いられた、袋綴じという形式の明朝綴じが鎌倉時代に伝わり、江戸時代に入って木版印刷による出版ブームが起こった時、江戸職人の技と粋が和装本に集約されて、様々な綴じ方が生み出されました。代表的な四つ目綴じの他、康煕(こうき)綴じ、亀甲綴じ、麻の葉綴じなどです。
わが国へ洋式製本が伝わったのは、徳川幕府の藩書調所(1856年)に雇われたオランダ人の手からともいわれています。近代製本につながるものとしては、明治初期に印刷局(現在の大蔵省印刷局)に雇用されたイギリス人W.H.Petersonが本格的な洋式製本を伝授したのが始まりです。
明治6年頃、今の中央区(京橋地区)に初めて民間の製本所が開設され、当時の官公庁、出版社、印刷業者が集中していた京橋地区を中心に、製本専業者が増えていきました。
 しかし、洋式製本が普及してきたといっても、当時は製本機械がほとんどなかった時代で、製本に従事するひとりひとりが手包丁や目打ちなどの製本小道具を使って、一冊ずつ本を仕上げるという、いわゆる居職(座職)の域をでませんでした。
明治25年に初めて断截機が輸入され、また29年に針金綴じ機が輸入され、近代化への道が開けました。洋式製本の量が増加し、製本業者の間から機械の国産化を望む声が高くなったのもこの頃からです。やがて大正時代に入ると、製本機械の国産化が進み、専門メーカーも出現して、わが国の製本業界も近代製本へ大きく前進しました。昭和初期の円本時代の大量生産は、この製本機械の国産化を除いて考えられません。

太平洋戦争の戦火により、一時は壊滅状態になった製本業界も、社会の復興にともなって立ち直り、製本機械も自動式・連続式・高性能化して、生産能力は一段と増強され、現在に至っています。
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