製本界 令和7年9月号
表紙の解説
アナログとデジタルの境界を越え、製本を通じて「明るい未来」を都市にもたらす、新たな可能性を表現
アナログとデジタルの境界を越え、製本を通じて「明るい未来」を都市にもたらす、新たな可能性を表現
外国人材と歩む未来
城南支部 支部長 木植 信明
この度、外国人雇用関連の担当理事を拝命しました城南支部の木植信明です。また城南支部支部長を通年13年目になります。製本業界は近年、大きな変化の中にあります。デジタル化の進展や人手不足の深刻化により、2008年に15社あった城南支部の組合員も、現在は7社となりました。厳しい環境が続くなかでも、支部は会員同士、互いに支え合いながら歩んでいます。
私自身、2008年に城南支部の支部長に任命されましたが、実はその年、同時に製本学校へ入校し学業にも励んでいました。学びながら支部長としての役割を果たすという二重の挑戦は決して容易ではありませんでしたが、知識を吸収しつつ現場の課題に向き合えたことは、大きな財産となりました。学校で得た理論と支部活動での実践を往復することで、製本業界の課題をより広い視点から捉えることができたと感じています。
そのような経験を背景に、私たちが早くから取り組んできたのが外国人材との協働です。1990年、本社ではベトナムからの難民の方を雇用しました。当時は外国人雇用が珍しく、文化や言葉の違いに戸惑うこともありましたが、真摯に働く姿は社員の心を動かし、多様な人材と共に働く意義を教えてくれました。この経験はその後の技能実習生の受け入れにつながり、国際的な人材育成の基盤となりました。
そして2025年、製本業界はついに 特定技能制度に加盟・認定されました。これにより、技能実習を終えた外国人材が、より長期的に日本で活躍できる道が開かれました。この大きな転機を受け、私が外国人雇用関連の担当理事に就任いたしました。外国人材が安心して学び、力を発揮できる環境を整えることは、今の業界にとって最重要の課題です。この認定は、全日本製本工業組合連合会会長の田中真文氏をはじめ、同連合会副会長兼専務理事の本間敏弘氏のご尽力、さらに 全日本印刷工業組合連合会・全国グラビア協同組合連合会・全日本製本工業組合連合会の三団体が連携した働きかけによって実現しました。関係各位の努力に心より感謝を申し上げます。
人手不足はこれからも続くでしょう。しかし、特定技能制度による人材受け入れは、業界にとって大きな希望です。これまでの経験を活かしながら、技能実習生や特定技能人材が安心して働ける環境を整備し、日本社会の人材不足解消に貢献していきたいと考えています。
さらに2027年度には、技能実習制度に代わる育成労働制度が始まる予定です。この新制度は、単なる労働力確保ではなく、人材が成長しながら長期的に働ける仕組みを目指しています。外国人材と共に歩む姿勢を大切にし、製本業界の持続的な発展につなげていきたいと思います。
支部の仲間と力を合わせ、国際的な人材と共に製本の未来を切り拓くこと――これが今後の私たちの使命です。困難な時代だからこそ結束を力に変え、次の時代の製本業を築いてまいりましょう。
私ども製本+シナジー創造特別委員会では、「紙の価値向上」「製本業の地位向上」を目指して様々な試みを行ってまいりました。今回はその一環として「製本を科学する」というテーマに昨年から取り組んでいます。
現在の製本業を取り巻く環境は国内市場の縮小による景気低迷や新たな媒体の出現、いわゆるインターネットの普及による情報の伝達媒体の電子への移行、アップルのiPadやソニーのReader あるいはアマゾンのkindleといった電子端末の普及による電子化への移行といった現象によってそのビジネスモデルの基盤が揺らいでいます。
繰り返しになりますが、私たちのミッションは「紙の価値向上」と「製本業の地位向上」です。こういった時代背景の中でいかにしたら紙の特性を生かし、紙でしか表現できない伝えることのできない、あるいは紙でなくては出来ないものとは何か、そしてその紙の加工に従事している私たちは今何をすべきなのかを検討してきました。その解が「製本を科学する」ということなのです。
私たちは日常の作業の中で技術の継承として、頭で記憶するのではなく体で覚えることで受け継がれてきた紙を加工するという行為について、一度検証してもいいのではないかと考えました。ひとつの作業や材料が意味するものやことといった事象は何のためにあるのか、どういう環境下で作業するとどういう現象が起きるのか、実は知らないことが多々あるのではないかという疑問が浮かんだのです。冬の乾燥期に出来た上製本が書店に平積みしていたら表紙が反り返ってきた。ひと夏倉庫で眠っていた並製の本がパラけた。糊の層が切断面までないために表紙がむしれて仕上がっている。背割れしている。観音ののどが角折れしている。複写が発色している。小口糊の箇所の表紙の表側の色が変色している。ミシン目を入れたら割れるように取れてしまう。これらは一体何が原因なのか。その原因の根本を探るには、まず継承してきた技術を業界常識としてとらえるのではなく、なぜそうするかということを一度掘り下げてみることで、事故の未然防止や新たな製造方法あるいは製品開発の発見につながるのではないかと考えます。
丸背のRは何度が適正なのか?チリの幅は決まっているのか?ホットメルトの糊の層は何ミリが適正か?といったことからPUR接着剤は果たして環境にやさしいのか?本にとってもっと有効な糊があるのではないのか?といった疑問、あるいは断裁機の包丁の刃が磨耗するのはなぜなのか?超硬とハイスではなぜ刃もちが違うのか?コート紙を断裁するのに何tで何ストロークするとどのような現象が発生するのか?そもそもかぶりは何でおきるのか・・・等々、知っているようで知らないこと、あるいは今さら聞くに聞けないことをもう一度おさらいしようとする活動です。
そして、ここからが重要なのですが、こういった細かい疑問や質問を定性的ではなく定量的にとらえることなのです。「もうちょっときつくプレスをかけて」とか「もう少し糊を入れて」といったように勘や経験に基づいた判断ではなく、数値化することによって出来る判断を目指すのがこの活動になります。逆に言うとこれは基本なのです。これは最低条件なのです。その上で各社の積み上げてきた経験や体験が各社の競争力となっていくと考えるのです。また数値化することで標準化、見える化を推進し、より平易に基本的な技術の継承・伝承の助力になり、製本技術の進化発展に貢献できるのではないかと考える次第です。それこそが「製本を科学する」ということの真意なのです。
企業を評価する価値には機能的な価値としての設備や工場規模、立地、社員数、売上高、収益といった数値であらわされるものと、技術、知識、勘、作業場の工夫といった数値化できない、積み上げられてきたものである経験的な価値があります。製本+シナジー創造特別員会では、この積み上げられてきた数値化できない暗黙知といわれる定性的な分野を詳らかにすることによって、新たな価値の創造を目指そうとしているのです。機能的価値だけでなく経験的価値・意味的価値を向上させることで各企業の、コア・コンピタンス(その企業の核となる強み、なぜあなたの会社には仕事があるのですか?と問われた時の答えとなる解)を確認し、模倣困難性(プロが見てもどうやって作っているのかが見えない、わからない技術)を高めることで専業者としてのレーゾン・デートル(存在意義)を高めていければと考えています。