製本界 令和7年1月号
表紙の解説
『実り』『発展』『成長』製本の未来は明るく永遠に続く事を表現
『実り』『発展』『成長』製本の未来は明るく永遠に続く事を表現
年頭のご挨拶
理事長 鈴木 博
昨年の国際情勢は、ウクライナ戦争およびガザ地域での紛争にて多くの民間人犠牲者を出し、現在も混迷を極めております。更には、この機に乗じる形でシリアにおいての内戦激化により政権が崩壊するなど影響の拡がりを見せております。また、米国大統領選では、トランプ前大統領が第47代大統領に再び選出される結果となり、その政策への影響に対応すべく多方面で既に混乱が生じております。
国内政治は、自民党が与党第一党を堅守し、石破新政権が誕生しましたが、少数与党で難しい政権運営が今年も続く見通しと考えられています。国内経済においては、大手企業が最高益を更新し続け、賃上げを実現していく中で、中小製造業の価格転嫁は一部に留まっており、安定的な人材確保が難しくなる状況が継続しております。
製本業界においては、今後、若手人材を中心に人材確保が難しくなる中で、外国人雇用の特定技能制度を活用可能な指定業種となっております。外国人材を獲得するには、住居のサポートや語学支援など、難しい環境整備も伴いますが、今後日本国内の就業人口動向を鑑みると、安定して人員を確保し事業継続する上では不可欠となっていく側面があり、この点は組合が側面支援を実現できれば皆様のお役に立てると考えております。
また、事業を持続的に存続させていくため、適切な製本加工費を頂けるよう価格転換の継続的な取り組みをして頂くべく、自社の製本加工原価を正確に把握し、取引先への説明根拠を提示できる試みとして製本原価計算アプリケーションの提供を行っております。組合員の皆様はぜひご活用ください。事務局でも皆さまの取り組みを全面的にサポートしております。
本年は9月6日に全製工連全国大会が福岡において三十一年振りに開催されます。それだけでも大変楽しみなのですが、今回は同時に全連の『紙の未来』プロジェクトと称して全国の製本事業所が取り組まれている、自社の技術を活かしたコンシューマー向けの製品開発や広報発信、WEB販売、販路獲得をメインとした取り組みを紹介するとともに、実際に新たにプロダクト開発と販路獲得までを実践してみる企画を予定しています。
私も今年で3期6年目に入ります。製本業界と組合組織を次世代へ紡ぐため、様々な課題は山積していますが、我々の世代で少しでも解決することで、諸先輩方から引き繋いだ組合と業界を将来に渡って残すために前に進んで参ります。皆様の声を傾聴し、皆様とともに邁進いたしますので、より一層のご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
私ども製本+シナジー創造特別委員会では、「紙の価値向上」「製本業の地位向上」を目指して様々な試みを行ってまいりました。今回はその一環として「製本を科学する」というテーマに昨年から取り組んでいます。
現在の製本業を取り巻く環境は国内市場の縮小による景気低迷や新たな媒体の出現、いわゆるインターネットの普及による情報の伝達媒体の電子への移行、アップルのiPadやソニーのReader あるいはアマゾンのkindleといった電子端末の普及による電子化への移行といった現象によってそのビジネスモデルの基盤が揺らいでいます。
繰り返しになりますが、私たちのミッションは「紙の価値向上」と「製本業の地位向上」です。こういった時代背景の中でいかにしたら紙の特性を生かし、紙でしか表現できない伝えることのできない、あるいは紙でなくては出来ないものとは何か、そしてその紙の加工に従事している私たちは今何をすべきなのかを検討してきました。その解が「製本を科学する」ということなのです。
私たちは日常の作業の中で技術の継承として、頭で記憶するのではなく体で覚えることで受け継がれてきた紙を加工するという行為について、一度検証してもいいのではないかと考えました。ひとつの作業や材料が意味するものやことといった事象は何のためにあるのか、どういう環境下で作業するとどういう現象が起きるのか、実は知らないことが多々あるのではないかという疑問が浮かんだのです。冬の乾燥期に出来た上製本が書店に平積みしていたら表紙が反り返ってきた。ひと夏倉庫で眠っていた並製の本がパラけた。糊の層が切断面までないために表紙がむしれて仕上がっている。背割れしている。観音ののどが角折れしている。複写が発色している。小口糊の箇所の表紙の表側の色が変色している。ミシン目を入れたら割れるように取れてしまう。これらは一体何が原因なのか。その原因の根本を探るには、まず継承してきた技術を業界常識としてとらえるのではなく、なぜそうするかということを一度掘り下げてみることで、事故の未然防止や新たな製造方法あるいは製品開発の発見につながるのではないかと考えます。
丸背のRは何度が適正なのか?チリの幅は決まっているのか?ホットメルトの糊の層は何ミリが適正か?といったことからPUR接着剤は果たして環境にやさしいのか?本にとってもっと有効な糊があるのではないのか?といった疑問、あるいは断裁機の包丁の刃が磨耗するのはなぜなのか?超硬とハイスではなぜ刃もちが違うのか?コート紙を断裁するのに何tで何ストロークするとどのような現象が発生するのか?そもそもかぶりは何でおきるのか・・・等々、知っているようで知らないこと、あるいは今さら聞くに聞けないことをもう一度おさらいしようとする活動です。
そして、ここからが重要なのですが、こういった細かい疑問や質問を定性的ではなく定量的にとらえることなのです。「もうちょっときつくプレスをかけて」とか「もう少し糊を入れて」といったように勘や経験に基づいた判断ではなく、数値化することによって出来る判断を目指すのがこの活動になります。逆に言うとこれは基本なのです。これは最低条件なのです。その上で各社の積み上げてきた経験や体験が各社の競争力となっていくと考えるのです。また数値化することで標準化、見える化を推進し、より平易に基本的な技術の継承・伝承の助力になり、製本技術の進化発展に貢献できるのではないかと考える次第です。それこそが「製本を科学する」ということの真意なのです。
企業を評価する価値には機能的な価値としての設備や工場規模、立地、社員数、売上高、収益といった数値であらわされるものと、技術、知識、勘、作業場の工夫といった数値化できない、積み上げられてきたものである経験的な価値があります。製本+シナジー創造特別員会では、この積み上げられてきた数値化できない暗黙知といわれる定性的な分野を詳らかにすることによって、新たな価値の創造を目指そうとしているのです。機能的価値だけでなく経験的価値・意味的価値を向上させることで各企業の、コア・コンピタンス(その企業の核となる強み、なぜあなたの会社には仕事があるのですか?と問われた時の答えとなる解)を確認し、模倣困難性(プロが見てもどうやって作っているのかが見えない、わからない技術)を高めることで専業者としてのレーゾン・デートル(存在意義)を高めていければと考えています。