製本界 令和8年7月号
表紙の解説
アナログとデジタルの境界を越え、製本を通じて「明るい未来」を都市にもたらす、新たな可能性を表現

アナログとデジタルの境界を越え、製本を通じて「明るい未来」を都市にもたらす、新たな可能性を表現
MIX ‒ 人が交われば、新しい価値が生まれる
紙製品製本部会 部会長 飛里 洋行
この度、紙製品製本部会の部会長を拝命しました墨田支部の飛里洋行です。
この業界に入りまして21年が過ぎました。
幼少期は田んぼを駆け回り、小学生になると負けず嫌いな性格が顔を出し、免許の取れる年齢に到達すれば不純な気持ちと視界に入ったバリバリ伝説に感化されMFJライセンスを取得しました。資金を捻出するため練習とレースウィーク以外は毎日12時間バイトに明け暮れながら東日本エリアを転戦、活動開始時に区切りを決めていた24歳を過ぎ、残り数戦で辞める事と御礼を両親へ伝えた際、浪人して大学に行かせた時間と考えていたし、今生きているからヨシとのこと。徹底した放任と食住を与えてくれたことは感謝しかありません。同年代
より大きく周回遅れの私は就職活動をスタート、B-ing を片手に数社応募した一社目の印刷会社に運よく拾われ、入社から二週間無休の昼夜付き合いで大人の階段を登り、営業職として荒川区から都内を駆けずり回り「24時間戦エマスカ」と言われて久しい時代でしたが長時間労働にも何とか食らいついていました。入社5年目を迎え役職も背伸びし始めた頃、当時二代目の役員になって間もない父親から会社に来てくれないかと話しがあり、充実した日々を送っていた私は正直戸惑いました。その時はじめて父親から子供の力が必要で、当時の役員3
名は後継者として違う業界にいる私を含めた3名全員を召集したいとの思いを聞きまして、数年間の準備期間を経て全員集合する事ができました。製本は全く素人同然だった者が和衷協同を経て、三代目として事業を継続できるようになった現在位置です。
組合活動については入社直後から私が代表して参加させていただき、二連では若墨会から支部に入会、父親の引退が視野に入った頃、紙製品製本部会へ参加を始めましたところ、まさに専門分野の集合体といった第一印象で、お互い隠すことなく加工の手法や改善の見出し方など多岐にわたり話せる集まりでした。現在の部会では、私たちの事業と関連のある業者様と自社の強みや懸案事項など同じ目線で話し合い、お互いの事業でプラスアルファを見出せる「情報共有サミット」を開催し、企業同士が新たな取引を開始するなど拡がりを見せていま
す。専門委員会におきましては、大阪・愛知・東京の三工組が持ち回りで開催しておりますが、生涯忘れぬ出会いと貴重な事業体験談が飛び交い、経営者としての私を改造してくれていると感じます。振り返れば、異業種との出会い、人との出会い、組合活動での交流、様々なものが「混じり合った」からこそ、今の私があります。6月に予定していた専門委員会においては、荒天のため参加者の安全を考慮し中止といたしましたが、来年も東京開催としてリベンジさせていただければ幸いです。私たち紙製品製本部会では、「紙を用いて加工し、使うものはすべて紙製品」という広い視点を大切にしています。日常生活に欠かせない紙製品の価値を発信しながら、微力ではありますが業界の発展に貢献できれば嬉しいかぎりです。